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Autor: 夏目漱石

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秋が暮れて冬が来るまで格別の事もなかった。私は先生の宅へ出はいりをするついでに、衣服の洗い張りや仕立て方などを奥さんに頼んだ。それ
まで繻絆というものを着た事のない私が、シャツの上に黒い襟のかかったものを重ねるようになったのはこの時からであった。子供のない奥さん
は、そういう世話を焼くのがかえって退屈凌ぎになって、結句身体の薬だぐらいの事をいっていた。
「こりゃ手織りね。こんな地の好い着物は今まで縫った事がないわ。その代り縫い悪いのよそりゃあ。まるで針が立たないんですもの。お蔭で針
を二本折りましたわ」
こんな苦情をいう時ですら、奥さんは別に面倒くさいという顔をしなかった。
冬が来た時、私は偶然国へ帰らなければならない事になった。私の母から受け取った手紙の中に、父の病気の経過が面白くない様子を書いて、今
が今という心配もあるまいが、年が年だから、できるなら都合して帰って来てくれと頼むように付け足してあった。
父はかねてから腎臓を病んでいた。中年以後の人にしばしば見る通り、父のこの病は慢性であった。その代り要心さえしていれば急変のないもの
と当人も家族のものも信じて疑わなかった。現に父は養生のお蔭一つで、今日までどうかこうか凌いで来たように客が来ると吹聴していた。その
父が、母の書信によると、庭へ出て何かしている機に突然眩暈がして引ッ繰り返った。家内のものは軽症の脳溢血と思い違えて、すぐその手当を
した。後で医者からどうもそうではないらしい、やはり持病の結果だろうという判断を得て、始めて卒倒と腎臓病とを結び付けて考えるようにな
ったのである。
冬休みが来るにはまだ少し間があった。私は学期の終りまで待っていても差支えあるまいと思って一日二日そのままにしておいた。するとその一
日二日の間に、父の寝ている様子だの、母の心配している顔だのが時々眼に浮かんだ。そのたびに一種の心苦しさを嘗めた私は、とうとう帰る決
心をした。国から旅費を送らせる手数と時間を省くため、私は暇乞いかたがた先生の所へ行って、要るだけの金を一時立て替えてもらう事にした
。

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