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Auteur: 夏目漱石

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二人はまただらだら坂の中途にある家の前へ来た。はいる時には誰もいる気色の見えなかった縁に、お上さんが、十五、六の娘を相手に、糸巻へ
糸を巻きつけていた。二人は大きな金魚鉢の横から、「どうもお邪魔をしました」と挨拶した。お上さんは「いいえお構い申しも致しませんで」
と礼を返した後、先刻小供にやった白銅の礼を述べた。
門口を出て二、三町来た時、私はついに先生に向かって口を切った。
「さきほど先生のいわれた、人間は誰でもいざという間際に悪人になるんだという意味ですね。あれはどういう意味ですか」
「意味といって、深い意味もありません。――つまり事実なんですよ。理屈じゃないんだ」
「事実で差支えありませんが、私の伺いたいのは、いざという間際という意味なんです。一体どんな場合を指すのですか」
先生は笑い出した。あたかも時機の過ぎた今、もう熱心に説明する張合いがないといった風に。
「金さ君。金を見ると、どんな君子でもすぐ悪人になるのさ」
私には先生の返事があまりに平凡過ぎて詰らなかった。先生が調子に乗らないごとく、私も拍子抜けの気味であった。私は澄ましてさっさと歩き
出した。いきおい先生は少し後れがちになった。先生はあとから「おいおい」と声を掛けた。
「そら見たまえ」
「何をですか」
「君の気分だって、私の返事一つですぐ変るじゃないか」
待ち合わせるために振り向いて立ち留まった私の顔を見て、先生はこういった。
その時の私は腹の中で先生を憎らしく思った。肩を並べて歩き出してからも、自分の聞きたい事をわざと聞かずにいた。しかし先生の方では、そ
れに気が付いていたのか、いないのか、まるで私の態度に拘泥る様子を見せなかった。いつもの通り沈黙がちに落ち付き払った歩調をすまして運
んで行くので、私は少し業腹になった。何とかいって一つ先生をやっ付けてみたくなって来た。
「先生」
「何ですか」
「先生はさっき少し昂奮なさいましたね。あの植木屋の庭で休んでいる時に。私は先生の昂奮したのを滅多に見た事がないんですが、今日は珍し
いところを拝見したような気がします」

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