Livre · こころ
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Auteur: 夏目漱石
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先生と私は通りへ出ようとして墓の間を抜けた。依撒伯拉何々の墓だの、神僕ロギンの墓だのという傍に、一切衆生悉有仏生と書いた塔婆などが
建ててあった。全権公使何々というのもあった。私は安得烈と彫り付けた小さい墓の前で、「これは何と読むんでしょう」と先生に聞いた。「ア
ンドレとでも読ませるつもりでしょうね」といって先生は苦笑した。
先生はこれらの墓標が現わす人種々の様式に対して、私ほどに滑稽もアイロニーも認めてないらしかった。私が丸い墓石だの細長い御影の碑だの
を指して、しきりにかれこれいいたがるのを、始めのうちは黙って聞いていたが、しまいに「あなたは死という事実をまだ真面目に考えた事があ
りませんね」といった。私は黙った。先生もそれぎり何ともいわなくなった。
墓地の区切り目に、大きな銀杏が一本空を隠すように立っていた。その下へ来た時、先生は高い梢を見上げて、「もう少しすると、綺麗ですよ。
この木がすっかり黄葉して、ここいらの地面は金色の落葉で埋まるようになります」といった。先生は月に一度ずつは必ずこの木の下を通るので
あった。
向うの方で凸凹の地面をならして新墓地を作っている男が、鍬の手を休めて私たちを見ていた。私たちはそこから左へ切れてすぐ街道へ出た。
これからどこへ行くという目的のない私は、ただ先生の歩く方へ歩いて行った。先生はいつもより口数を利かなかった。それでも私はさほどの窮
屈を感じなかったので、ぶらぶらいっしょに歩いて行った。
「すぐお宅へお帰りですか」
「ええ別に寄る所もありませんから」
二人はまた黙って南の方へ坂を下りた。
「先生のお宅の墓地はあすこにあるんですか」と私がまた口を利き出した。
「いいえ」
「どなたのお墓があるんですか。――ご親類のお墓ですか」
「いいえ」
先生はこれ以外に何も答えなかった。私もその話はそれぎりにして切り上げた。すると一町ほど歩いた後で、先生が不意にそこへ戻って来た。
「あすこには私の友達の墓があるんです」
「お友達のお墓へ毎月お参りをなさるんですか」
「そうです」
先生はその日これ以外を語らなかった。
私はそれから時々先生を訪問するようになった。行くたびに先生は在宅であった。先生に会う度数が重なるにつれて、私はますます繁く先生の玄
関へ足を運んだ。
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