पुस्तक · こころ
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लेखक: 夏目漱石
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私は小石川へ引き移ってからも、当分この緊張した気分に寛ぎを与える事ができませんでした。私は自分で自分が恥ずかしいほど、きょときょと
周囲を見廻していました。不思議にもよく働くのは頭と眼だけで、口の方はそれと反対に、段々動かなくなって来ました。私は家のものの様子を
猫のようによく観察しながら、黙って机の前に坐っていました。時々は彼らに対して気の毒だと思うほど、私は油断のない注意を彼らの上に注い
でいたのです。おれは物を偸まない巾着切みたようなものだ、私はこう考えて、自分が厭になる事さえあったのです。
あなたは定めて変に思うでしょう。その私がそこのお嬢さんをどうして好く余裕をもっているか。そのお嬢さんの下手な活花を、どうして嬉しが
って眺める余裕があるか。同じく下手なその人の琴をどうして喜んで聞く余裕があるか。そう質問された時、私はただ両方とも事実であったのだ
から、事実としてあなたに教えて上げるというより外に仕方がないのです。解釈は頭のあるあなたに任せるとして、私はただ一言付け足しておき
ましょう。私は金に対して人類を疑ったけれども、愛に対しては、まだ人類を疑わなかったのです。だから他から見ると変なものでも、また自分
で考えてみて、矛盾したものでも、私の胸のなかでは平気で両立していたのです。
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