पुस्तक · こころ
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लेखक: 夏目漱石
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「何だかそれは私にも解らないが、自殺する人はみんな不自然な暴力を使うんでしょう」
「すると殺されるのも、やはり不自然な暴力のお蔭ですね」
「殺される方はちっとも考えていなかった。なるほどそういえばそうだ」
その日はそれで帰った。帰ってからも父の病気はそれほど苦にならなかった。先生のいった自然に死ぬとか、不自然の暴力で死ぬとかいう言葉も
、その場限りの浅い印象を与えただけで、後は何らのこだわりを私の頭に残さなかった。私は今まで幾度か手を着けようとしては手を引っ込めた
卒業論文を、いよいよ本式に書き始めなければならないと思い出した。
その年の六月に卒業するはずの私は、ぜひともこの論文を成規通り四月いっぱいに書き上げてしまわなければならなかった。二、三、四と指を折
って余る時日を勘定して見た時、私は少し自分の度胸を疑った。他のものはよほど前から材料を蒐めたり、ノートを溜めたりして、余所目にも忙
しそうに見えるのに、私だけはまだ何にも手を着けずにいた。私にはただ年が改まったら大いにやろうという決心だけがあった。私はその決心で
やり出した。そうして忽ち動けなくなった。今まで大きな問題を空に描いて、骨組みだけはほぼでき上っているくらいに考えていた私は、頭を抑
えて悩み始めた。私はそれから論文の問題を小さくした。そうして練り上げた思想を系統的に纏める手数を省くために、ただ書物の中にある材料
を並べて、それに相当な結論をちょっと付け加える事にした。
私の選択した問題は先生の専門と縁故の近いものであった。私がかつてその選択について先生の意見を尋ねた時、先生は好いでしょうといった。
狼狽した気味の私は、早速先生の所へ出掛けて、私の読まなければならない参考書を聞いた。先生は自分の知っている限りの知識を、快く私に与
えてくれた上に、必要の書物を、二、三冊貸そうといった。しかし先生はこの点について毫も私を指導する任に当ろうとしなかった。
「近頃はあんまり書物を読まないから、新しい事は知りませんよ。学校の先生に聞いた方が好いでしょう」
先生は一時非常の読書家であったが、その後どういう訳か、前ほどこの方面に興味が働かなくなったようだと、かつて奥さんから聞いた事がある
のを、私はその時ふと思い出した。私は論文をよそにして、そぞろに口を開いた。
「先生はなぜ元のように書物に興味をもち得ないんですか」
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