पुस्तक · こころ
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लेखक: 夏目漱石
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「しかしもしおれの方が先へ行くとするね。そうしたらお前どうする」
「どうするって......」
奥さんはそこで口籠った。先生の死に対する想像的な悲哀が、ちょっと奥さんの胸を襲ったらしかった。けれども再び顔をあげた時は、もう気分
を更えていた。
「どうするって、仕方がないわ、ねえあなた。老少不定っていうくらいだから」
奥さんはことさらに私の方を見て笑談らしくこういった。
私は立て掛けた腰をまたおろして、話の区切りの付くまで二人の相手になっていた。
「君はどう思います」と先生が聞いた。
先生が先へ死ぬか、奥さんが早く亡くなるか、固より私に判断のつくべき問題ではなかった。私はただ笑っていた。
「寿命は分りませんね。私にも」
「こればかりは本当に寿命ですからね。生れた時にちゃんと極った年数をもらって来るんだから仕方がないわ。先生のお父さんやお母さんなんか
、ほとんど同じよ、あなた、亡くなったのが」
「亡くなられた日がですか」
「まさか日まで同じじゃないけれども。でもまあ同じよ。だって続いて亡くなっちまったんですもの」
この知識は私にとって新しいものであった。私は不思議に思った。
「どうしてそう一度に死なれたんですか」
奥さんは私の問いに答えようとした。先生はそれを遮った。
「そんな話はお止しよ。つまらないから」
先生は手に持った団扇をわざとばたばたいわせた。そうしてまた奥さんを顧みた。
「静、おれが死んだらこの家をお前にやろう」
奥さんは笑い出した。
「ついでに地面も下さいよ」
「地面は他のものだから仕方がない。その代りおれの持ってるものは皆なお前にやるよ」
「どうも有難う。けれども横文字の本なんか貰っても仕様がないわね」
「古本屋に売るさ」
「売ればいくらぐらいになって」
先生はいくらともいわなかった。けれども先生の話は、容易に自分の死という遠い問題を離れなかった。そうしてその死は必ず奥さんの前に起る
ものと仮定されていた。奥さんも最初のうちは、わざとたわいのない受け答えをしているらしく見えた。それがいつの間にか、感傷的な女の心を
重苦しくした。
「おれが死んだら、おれが死んだらって、まあ何遍おっしゃるの。後生だからもう好い加減にして、おれが死んだらは止して頂戴。縁喜でもない
。あなたが死んだら、何でもあなたの思い通りにして上げるから、それで好いじゃありませんか」
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