पुस्तक · こころ
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लेखक: 夏目漱石
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「自由が来たから話す。しかしその自由はまた永久に失われなければならない」
私は心のうちでこう繰り返しながら、その意味を知るに苦しんだ。私は突然不安に襲われた。私はつづいて後を読もうとした。その時病室の方か
ら、私を呼ぶ大きな兄の声が聞こえた。私はまた驚いて立ち上った。廊下を馳け抜けるようにしてみんなのいる方へ行った。私はいよいよ父の上
に最後の瞬間が来たのだと覚悟した。
病室にはいつの間にか医者が来ていた。なるべく病人を楽にするという主意からまた浣腸を試みるところであった。看護婦は昨夜の疲れを休める
ために別室で寝ていた。慣れない兄は起ってまごまごしていた。私の顔を見ると、「ちょっと手をお貸し」といったまま、自分は席に着いた。私
は兄に代って、油紙を父の尻の下に宛てがったりした。
父の様子は少しくつろいで来た。三十分ほど枕元に坐っていた医者は、浣腸の結果を認めた上、また来るといって、帰って行った。帰り際に、も
しもの事があったらいつでも呼んでくれるようにわざわざ断っていた。
私は今にも変がありそうな病室を退いてまた先生の手紙を読もうとした。しかし私はすこしも寛くりした気分になれなかった。机の前に坐るや否
や、また兄から大きな声で呼ばれそうでならなかった。そうして今度呼ばれれば、それが最後だという畏怖が私の手を顫わした。私は先生の手紙
をただ無意味に頁だけ剥繰って行った。私の眼は几帳面に枠の中に篏められた字画を見た。けれどもそれを読む余裕はなかった。拾い読みにする
余裕すら覚束なかった。私は一番しまいの頁まで順々に開けて見て、またそれを元の通りに畳んで机の上に置こうとした。その時ふと結末に近い
一句が私の眼にはいった。
「この手紙があなたの手に落ちる頃には、私はもうこの世にはいないでしょう。とくに死んでいるでしょう」
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