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Autore: 夏目漱石

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始めて先生の宅を訪ねた時、先生は留守であった。二度目に行ったのは次の日曜だと覚えている。晴れた空が身に沁み込むように感ぜられる好い
日和であった。その日も先生は留守であった。鎌倉にいた時、私は先生自身の口から、いつでも大抵宅にいるという事を聞いた。むしろ外出嫌い
だという事も聞いた。二度来て二度とも会えなかった私は、その言葉を思い出して、理由もない不満をどこかに感じた。私はすぐ玄関先を去らな
かった。下女の顔を見て少し躊躇してそこに立っていた。この前名刺を取り次いだ記憶のある下女は、私を待たしておいてまた内へはいった。す
ると奥さんらしい人が代って出て来た。美しい奥さんであった。
私はその人から鄭寧に先生の出先を教えられた。先生は例月その日になると雑司ヶ谷の墓地にある或る仏へ花を手向けに行く習慣なのだそうであ
る。「たった今出たばかりで、十分になるか、ならないかでございます」と奥さんは気の毒そうにいってくれた。私は会釈して外へ出た。賑かな
町の方へ一丁ほど歩くと、私も散歩がてら雑司ヶ谷へ行ってみる気になった。先生に会えるか会えないかという好奇心も動いた。それですぐ踵を
回らした。
私は墓地の手前にある苗畠の左側からはいって、両方に楓を植え付けた広い道を奥の方へ進んで行った。するとその端れに見える茶店の中から先
生らしい人がふいと出て来た。私はその人の眼鏡の縁が日に光るまで近く寄って行った。そうして出し抜けに「先生」と大きな声を掛けた。先生
は突然立ち留まって私の顔を見た。
「どうして......、どうして......」
先生は同じ言葉を二遍繰り返した。その言葉は森閑とした昼の中に異様な調子をもって繰り返された。私は急に何とも応えられなくなった。
「私の後を跟けて来たのですか。どうして......」
先生の態度はむしろ落ち付いていた。声はむしろ沈んでいた。けれどもその表情の中には判然いえないような一種の曇りがあった。
私は私がどうしてここへ来たかを先生に話した。
「誰の墓へ参りに行ったか、妻がその人の名をいいましたか」
「いいえ、そんな事は何もおっしゃいません」
「そうですか。――そう、それはいうはずがありませんね、始めて会ったあなたに。いう必要がないんだから」
先生はようやく得心したらしい様子であった。しかし私にはその意味がまるで解らなかった。

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