Boek · こころ
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Auteur: 夏目漱石
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私は黒いうすものを買うために町へ出た。それで旗竿の球を包んで、それで旗竿の先へ三寸幅のひらひらを付けて、門の扉の横から斜めに往来へ
さし出した。旗も黒いひらひらも、風のない空気のなかにだらりと下がった。私の宅の古い門の屋根は藁で葺いてあった。雨や風に打たれたりま
た吹かれたりしたその藁の色はとくに変色して、薄く灰色を帯びた上に、所々の凸凹さえ眼に着いた。私はひとり門の外へ出て、黒いひらひらと
、白いめりんすの地と、地のなかに染め出した赤い日の丸の色とを眺めた。それが薄汚ない屋根の藁に映るのも眺めた。私はかつて先生から「あ
なたの宅の構えはどんな体裁ですか。私の郷里の方とは大分趣が違っていますかね」と聞かれた事を思い出した。私は自分の生れたこの古い家を
、先生に見せたくもあった。また先生に見せるのが恥ずかしくもあった。
私はまた一人家のなかへはいった。自分の机の置いてある所へ来て、新聞を読みながら、遠い東京の有様を想像した。私の想像は日本一の大きな
都が、どんなに暗いなかでどんなに動いているだろうかの画面に集められた。私はその黒いなりに動かなければ仕末のつかなくなった都会の、不
安でざわざわしているなかに、一点の燈火のごとくに先生の家を見た。私はその時この燈火が音のしない渦の中に、自然と捲き込まれている事に
気が付かなかった。しばらくすれば、その灯もまたふっと消えてしまうべき運命を、眼の前に控えているのだとは固より気が付かなかった。
私は今度の事件について先生に手紙を書こうかと思って、筆を執りかけた。私はそれを十行ばかり書いて已めた。書いた所は寸々に引き裂いて屑
籠へ投げ込んだ。(先生に宛ててそういう事を書いても仕方がないとも思ったし、前例に徴してみると、とても返事をくれそうになかったから)
。私は淋しかった。それで手紙を書くのであった。そうして返事が来れば好いと思うのであった。
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