Ksiazka · こころ
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Autor: 夏目漱石
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奥さんとお嬢さんは、親切に彼の荷物を片付ける世話や何かをしてくれました。すべてそれを私に対する好意から来たのだと解釈した私は、心の
うちで喜びました。――Kが相変らずむっちりした様子をしているにもかかわらず。
私がKに向って新しい住居の心持はどうだと聞いた時に、彼はただ一言悪くないといっただけでした。私からいわせれば悪くないどころではない
のです。彼の今までいた所は北向きの湿っぽい臭いのする汚い室でした。食物も室相応に粗末でした。私の家へ引き移った彼は、幽谷から喬木に
移った趣があったくらいです。それをさほどに思う気色を見せないのは、一つは彼の強情から来ているのですが、一つは彼の主張からも出ている
のです。仏教の教義で養われた彼は、衣食住についてとかくの贅沢をいうのをあたかも不道徳のように考えていました。なまじい昔の高僧だとか
聖徒だとかの伝を読んだ彼には、ややともすると精神と肉体とを切り離したがる癖がありました。肉を鞭撻すれば霊の光輝が増すように感ずる場
合さえあったのかも知れません。
私はなるべく彼に逆らわない方針を取りました。私は氷を日向へ出して溶かす工夫をしたのです。今に融けて温かい水になれば、自分で自分に気
が付く時機が来るに違いないと思ったのです。
「私は奥さんからそういう風に取り扱われた結果、段々快活になって来たのです。それを自覚していたから、同じものを今度はKの上に応用しよ
うと試みたのです。Kと私とが性格の上において、大分相違のある事は、長く交際って来た私によく解っていましたけれども、私の神経がこの家
庭に入ってから多少角が取れたごとく、Kの心もここに置けばいつか沈まる事があるだろうと考えたのです。
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