Ksiazka · 蜘蛛の糸
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Autor: 芥川龍之介
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するとその地獄の底に、犍陀多と云う男が一人、ほかの罪人と一しょに蠢いている姿が、御眼に止まりました。この犍陀多と云う男は、人を殺し
たり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。と申しますのは
、ある時この男が深い林の中を通りますと、小さな蜘蛛が一匹、路ばたを這って行くのが見えました。そこで犍陀多は早速足を挙げて、踏み殺そ
うと致しましたが、「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違いない。その命を無暗にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ。
」と、こう急に思い返して、とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやったからでございます。
御釈迦様は地獄の容子を御覧になりながら、この犍陀多には蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました。そうしてそれだけの善い事をし
た報には、出来るなら、この男を地獄から救い出してやろうと御考えになりました。幸い、側を見ますと、翡翠のような色をした蓮の葉の上に、
極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけて居ります。御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって、玉のような白蓮の間から、遥か
下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御下しなさいました。
こちらは地獄の底の血の池で、ほかの罪人と一しょに、浮いたり沈んだりしていた犍陀多でございます。何しろどちらを見ても、まっ暗で、たま
にそのくら暗からぼんやり浮き上っているものがあると思いますと、それは恐しい針の山の針が光るのでございますから、その心細さと云ったら
ございません。その上あたりは墓の中のようにしんと静まり返って、たまに聞えるものと云っては、ただ罪人がつく微な嘆息ばかりでございます
。これはここへ落ちて来るほどの人間は、もうさまざまな地獄の責苦に疲れはてて、泣声を出す力さえなくなっているのでございましょう。です
からさすが大泥坊の犍陀多も、やはり血の池の血に咽びながら、まるで死にかかった蛙のように、ただもがいてばかり居りました。
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