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Автор: 夏目漱石

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先生は庭の方を向いて笑った。しかしそれぎり奥さんの厭がる事をいわなくなった。私もあまり長くなるので、すぐ席を立った。先生と奥さんは
玄関まで送って出た。
「ご病人をお大事に」と奥さんがいった。
「また九月に」と先生がいった。
私は挨拶をして格子の外へ足を踏み出した。玄関と門の間にあるこんもりした木犀の一株が、私の行手を塞ぐように、夜陰のうちに枝を張ってい
た。私は二、三歩動き出しながら、黒ずんだ葉に被われているその梢を見て、来たるべき秋の花と香を想い浮べた。私は先生の宅とこの木犀とを
、以前から心のうちで、離す事のできないもののように、いっしょに記憶していた。私が偶然その樹の前に立って、再びこの宅の玄関を跨ぐべき
次の秋に思いを馳せた時、今まで格子の間から射していた玄関の電燈がふっと消えた。先生夫婦はそれぎり奥へはいったらしかった。私は一人暗
い表へ出た。
私はすぐ下宿へは戻らなかった。国へ帰る前に調える買物もあったし、ご馳走を詰めた胃袋にくつろぎを与える必要もあったので、ただ賑やかな
町の方へ歩いて行った。町はまだ宵の口であった。用事もなさそうな男女がぞろぞろ動く中に、私は今日私といっしょに卒業したなにがしに会っ
た。彼は私を無理やりにある酒場へ連れ込んだ。私はそこで麦酒の泡のような彼の気燄を聞かされた。私の下宿へ帰ったのは十二
時過ぎであった。
私はその翌日も暑さを冒して、頼まれものを買い集めて歩いた。手紙で注文を受けた時は何でもないように考えていたのが、いざとなると大変臆
劫に感ぜられた。私は電車の中で汗を拭きながら、他の時間と手数に気の毒という観念をまるでもっていない田舎者を憎らしく思った。
私はこの一夏を無為に過ごす気はなかった。国へ帰ってからの日程というようなものをあらかじめ作っておいたので、それを履行するに必要な書
物も手に入れなければならなかった。私は半日を丸善の二階で潰す覚悟でいた。私は自分に関係の深い部門の書籍棚の前に立って、隅から隅まで
一冊ずつ点検して行った。

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