Diller

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Yazar: 夏目漱石

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先生の宅は夫婦と下女だけであった。行くたびに大抵はひそりとしていた。高い笑い声などの聞こえる試しはまるでなかった。或る時は宅の中に
いるものは先生と私だけのような気がした。
「子供でもあると好いんですがね」と奥さんは私の方を向いていった。私は「そうですな」と答えた。しかし私の心には何の同情も起らなかった
。子供を持った事のないその時の私は、子供をただ蒼蠅いもののように考えていた。
「一人貰ってやろうか」と先生がいった。
「貰ッ子じゃ、ねえあなた」と奥さんはまた私の方を向いた。
「子供はいつまで経ったってできっこないよ」と先生がいった。
奥さんは黙っていた。「なぜです」と私が代りに聞いた時先生は「天罰だからさ」といって高く笑った。
私の知る限り先生と奥さんとは、仲の好い夫婦の一対であった。家庭の一員として暮した事のない私のことだから、深い消息は無論解らなかった
けれども、座敷で私と対坐している時、先生は何かのついでに、下女を呼ばないで、奥さんを呼ぶ事があった。(奥さんの名は静といった)。先
生は「おい静」といつでも襖の方を振り向いた。その呼びかたが私には優しく聞こえた。返事をして出て来る奥さんの様子も甚だ素直であった。
ときたまご馳走になって、奥さんが席へ現われる場合などには、この関係が一層明らかに二人の間に描き出されるようであった。
先生は時々奥さんを伴れて、音楽会だの芝居だのに行った。それから夫婦づれで一週間以内の旅行をした事も、私の記憶によると、二、三度以上
あった。私は箱根から貰った絵端書をまだ持っている。日光へ行った時は紅葉の葉を一枚封じ込めた郵便も貰った。

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