Kitap · こころ
Sayfa 29 / 185
Yazar: 夏目漱石
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「実は私すこし思いあたる事があるんですけれども......」
「先生がああいう風になった源因についてですか」
「ええ。もしそれが源因だとすれば、私の責任だけはなくなるんだから、それだけでも私大変楽になれるんですが、......」
「どんな事ですか」
奥さんはいい渋って膝の上に置いた自分の手を眺めていた。
「あなた判断して下すって。いうから」
「私にできる判断ならやります」
「みんなはいえないのよ。みんないうと叱られるから。叱られないところだけよ」
私は緊張して唾液を呑み込んだ。
「先生がまだ大学にいる時分、大変仲の好いお友達が一人あったのよ。その方がちょうど卒業する少し前に死んだんです。急に死んだんです」
奥さんは私の耳に私語くような小さな声で、「実は変死したんです」といった。それは「どうして」と聞き返さずにはいられないようないい方で
あった。
「それっ切りしかいえないのよ。けれどもその事があってから後なんです。先生の性質が段々変って来たのは。なぜその方が死んだのか、私には
解らないの。先生にもおそらく解っていないでしょう。けれどもそれから先生が変って来たと思えば、そう思われない事もないのよ」
「その人の墓ですか、雑司ヶ谷にあるのは」
「それもいわない事になってるからいいません。しかし人間は親友を一人亡くしただけで、そんなに変化できるものでしょうか。私はそれが知り
たくって堪らないんです。だからそこを一つあなたに判断して頂きたいと思うの」
私の判断はむしろ否定の方に傾いていた。
私は私のつらまえた事実の許す限り、奥さんを慰めようとした。奥さんもまたできるだけ私によって慰められたそうに見えた。それで二人は同じ
問題をいつまでも話し合った。けれども私はもともと事の大根を攫んでいなかった。奥さんの不安も実はそこに漂う薄い雲に似た疑惑から出て来
ていた。事件の真相になると、奥さん自身にも多くは知れていなかった。知れているところでも悉皆は私に話す事ができなかった。したがって慰
める私も、慰められる奥さんも、共に波に浮いて、ゆらゆらしていた。ゆらゆらしながら、奥さんはどこまでも手を出して、覚束ない私の判断に
縋り付こうとした。
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